ごあいさつすわりゅう たかじょうとはすわりゅう ほうようじゅつ ほぞんかいこうしゅうかいのごあんないしりょうかん
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 現代でも、諏訪流鷹匠は、網懸と接する時にはその神経質な性質を尊重し、鷹がその能力を狩場で生かせるように神経を配り、巣鷹においても網懸のような冴えた鷹へと調教することをめざして調教を行います。神経質な鷹に接することは鷹匠としての修業であり、忍耐や寛容、感謝につながります。個性の異なる鷹の能力を引き出すことは鷹匠の楽しみでもあり、そして狩場においては、人と鷹が一体となって呼吸を合わせて狩を行う、一瞬の美を求めるのです。「 鷹は鏡 」という言葉にあるように、鷹は使う鷹匠の心を映すと言われます。
 鷹匠は鷹と共に里山を歩き、たとえたった一羽の獲物に遭遇しないとしても自然の一部となれるかどうかが修行であり、銃猟に比べれば非常に猟果が低く、原子的な猟法である鷹狩では、多くの場合、獲物の数を競ったり誇ったりはしません。
世界でも経験の深い鷹匠ほど、同様の言葉が聞かれます。
鷹狩は最も効率の低い、将来も維持可能な環境への影響力の低い猟法であり、鷹が傷つくことを鷹匠は最も嫌がるからです。
 放鷹術の実演、傷病鳥の治癒後のリハビリテーション、野鳥を追い払う仕事、繁殖及び育雛、あるいは各種教育プログラムなど、放鷹術を様々な場面で生かすことができるのは、鷹匠が鷹の心を読み、鷹本来の生き方を生かしてやり、日々の体調を整えてやる技を持っているためであり、基本的な技術は同じです。

 鷹狩が長い歴史を持ち、文化的に発展できたのは、その高い専門性と応用力、そして同じ生態系の頂点に位置する生物として、鷹と共に生存したいと願う人間の根源的な心の現れなのかもしれません。その為には鷹が生きられる環境を維持する必要があり、鷹にとって快適な空間は人間の健康にとっても快適なのです。河川の岸辺から100mは人家を建てず、開発をせず水と動植物を守るなど、お互いが一歩譲り合い干渉しあわない距離感とモラルが開発にも求められています。当代田籠鷹師がかつておっしゃったように、「 地球がある限り、人間がいる限り、鷹もそこにいなくてはならない 」のです。

 以上、簡単にではありますが、当保存会の支持する諏訪流鷹匠の生き方を少しでも知っていただき、御理解いただければ幸いです。詳細に関してはこちらからお問合せください。

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